2007年九州吹奏楽コンクールが終わって・・・・Part1

blueoceans122007-08-22

この写真は、マイアミに行ったときの・・・・なんてのは嘘でこれは鹿児島市民文化ホールを出て、桜島と反対の方向を見たときの絵柄である。時間のころは、夕刻。つまり、2007年8月19日日曜日、文化ホールで高校の部の代表3校が発表になった直後の夕焼けなのである。
喚声、悲鳴、そしてため息の入り混じった空気が、今年は例年以上にホールいっぱいに轟き渡り、長い余韻を残した。

例年、福岡サンパレスで行われている九州大会が、今年開催されたのは、ここ、鹿児島市民文化ホール第一。サンパレスと違って、ここのホールはバンドの素の音がダイレクトに客席に伝わってくる。そう、丸裸にされるのである。そういう意味で、小細工のきかないホールだと言ってもいい。その分、客席で聞いている我々にとっては、それぞれの学校の実力差が手に取るようにわかる大会でもあったのだ。

今年の中学の部は、サウンド的には、豊かな響きを持っている団体が多かった。鹿児島勢、沖縄勢を筆頭に、熊本や宮崎など、安定したサウンドを聞かせてくれた言っていいだろう。福岡についてはやはり代表校が多いせいか、学校によってサウンドの差がかなりあるのが目に付いた。
ただ、サウンドは安定しているものの、音楽的に整理されていない演奏がほとんどであったのは、非常に残念である。音符をしっかりと再現したあと、音楽をどう組み立てて行くか・・・・それがほとんど出来ていない団体が多かったのである。

その点では、代表を輩出した鹿児島代表と沖縄代表は、そこまでのアプローチがしっかりとなされていた。特にサウンド的には地味ではあるが、本来はピアノとオケの作品である楽曲に吹奏楽の作品としての息吹を吹き込んだ伊敷台中学校の音楽作りは秀逸だった。サウンドにもう少しエッジが加われば、更にいい評価を受けただろう。
そのサウンドとトータルな音楽作りで他を圧倒したのは、鹿児島の吉野中学校。課題曲自由曲共に、中学生としてはほぼ完璧に近いサウンドのバランスと豊かな音楽性に満ち溢れた演奏だった。今年は1〜2年中心のメンバーだそうだが、2回の大きな大会での演奏の経験を糧に、秋の全国大会では更に成長したサウンドと音楽を聞かせてくれることだろう。
沖縄の2校は、個々の吹奏技術の高さを感じさせ、サウンドブレンド具合が絶妙だった。ただ、これだけ豊かなサウンドをもちながら、音楽がやや冗漫で、時に間延びした印象を受けたのは残念だった。がしかし、この流麗な沖縄サウンドの復活は、九州のほかの中学校にとっては、今後かなりの脅威になるだろう。普門館のだだっ広い客席にも、この豊かな沖縄サウンドは臆せず響き渡ることだろう。

このところ、九州代表の中学校は全国大会で銅賞は受賞していない。それはやはり、この豊かなサウンドのなせる業に他ならない。しっかりと安定したサウンドは、少々のハプニングには動じないのである。

その傾向は、高校の部でも同じだった。
高校の部で、豊かな安定したサウンドを感じさせてくれたのは、城東高校と精華女子校。それ以外の学校は、豊かで安定という言葉を冠するまでにはいたらなかった、と私は感じている。
つまり、最後まで聞いて、第三の代表校がどこになるのか、決定的な見当がつかなかったのである。
が、視点を変えて、消去法で洗い出して行くと、最後に残った2団体の中に、この日代表となったもうひとつの高校、嘉穂高校の名前が浮かび上がって来たのである。それでも、審査員の総意はハッキリ言ってまだまだ見当が付かなかったが、発表を聞いて、「ああ、そう来たか」と思った次第だ。伝統校らしく、やるべきことをしっかりと積み上げて来た勝利だと言えるだろう。それにしても、今年は全国的に「くじゃく」の当たり年となたようだ。
また、城東高校は、支部〜県大会〜九州と聞くたびにサウンドが成長して行くのに感動したし、精華女子校は、定演〜支部〜県〜そして九州との音楽の成熟過程を見てきたので、自由曲の終盤あたりでは、ホロリと来てしまった。

高校の部になると、「どのような音楽を作りたいのか」という主張までも求められて来る。そのためには、適度のサウンドの音量と、音楽を表現するためのダイナミックレンジの幅が必要となる。そしてもちろんその幅を最大限に使ってストーリーを描ききった学校が、代表権を手に入れる。
また、これらのアプローチがしっかりと出来ている学校、出来ていない学校の差も、歴然としていた。
が、出来ているところにも出来てないところにも金賞を乱発してしまったのが、今年の大会でもあった。
当事者にとってはもちろん少しでもいい賞であったほうがいいのだろうが、明確な講評が行われない大会の中で、生徒たちは、どういう点が足りなくて他と差がついたのかとか、今後どういうものを目標にしていけばいいのか・・・・そうした指針がほしかったのではないのかな?とも思ってしまったのである。